【第23講座】【スポットコラム】何故ビジネススクール(MBA)では「営業」を教えないのか?


2013年11月08日 (金)

企業活動にとって営業はどれくらいの重みがあるか

企業の社長にインタビューをすると、最も欲しいものは「売り上げ」と「粗利」であると答える比率が非常に多いはずだ。経営戦略も必要であろうが、まずは「売り上げ」と「粗利」が無いことには、企業として存立しない。

人的資源管理も組織論もファイナンスも統計学も「売り上げ」と「粗利」が無いことにはなんの意味もない学問である。すなわち、どんな経営学の個別要素も「売り上げ」と「粗利」という存在の枠の中で小さくうごめいている存在にすぎない。
ただ唯一、マーケティングという学問のみは、売り上げという存在に関与してくる。確かにマーケティングは重要だ。広く市場を見てセグメンテーションやターゲティングを行うこと、商品やチャネルやプロモーションを開発すること、これらは売り上げを作るのに極めて重要な要素であることは否定しない。

しかし、売り上げに直結し、粗利を作り出すために交渉を行う「営業」という行為をきちんと学問としてラインナップしているビジネススクールはついぞ聞いたことがない。何故、ビジネススクールでは「売り上げ」と「粗利」という企業の根幹を司る「営業」という行為についてきちんと体系立てた教育をしないのだろうか?今日は少し私見としてまとめてみたい。

仮説1-大学教授が営業など必要ないと考えている

そもそもマーケティングの目的とはなんぞやという問いに対しての答えとして、「セリングを必要としなくすることである」と、かの有名なPFドラッカー先生がのたまわっている。従って、もしかするとビジネススクールでは、既にセリングを必要としなくなっているという前提で講義がプログラムされているのかもしれない。

ただ、残念なことに営業部が存在しない企業は現代においても極めて稀である。中小企業の場合は、多くの場合社長自らが行うメインの活動は「営業」である。あと30年くらい経って、マーケティングがもっと進化していけば、もしかすると営業はなくなるかもしれないが、現段階では過渡期であると言っても良いかもしれない。本音ではセリングがなくなる日はこないと思っているのだが、ドラッカー先生に反対意見を述べるには、私は少々若すぎる。

仮説2-営業は属人的要素が強いから体系立てて理論化出来ない

確かに個別の営業に関しては、筆者も完全に体系だてられるとは思っていない。ただ、それは企業経営に関しても同じことである。100%絶対成功の経営戦略などがあるのであれば、いくらカネを払っても聞きたいものだ。だからこそ、ビジネススクールでは様々な経営者をゲストで呼んでケーススタディを行うのである。すなわち、帰納法的にうまくいったケースを集めて、絶対解ではないけれども、なんとなく確からしい解を提供しているのである。
それは、同じく属人的要素の強い営業という行為に関しても、当てはめることが出来るのではないだろうか?出来るはずである。

例えば、12週で12名のトップ営業マンを企業から派遣してもらって体験談を聞く。その内容から、成功の法則を導き出すべくディスカッションをすれば授業として成り立つのではないか?そして最終のレポートでは12名の共通点から帰納的に、「良い営業の条件とは?」を書かせれば結構勉強になると思うのだが。

仮説3-営業は学問とするにふさわしい高度な専門性を持たない職種であるとビジネススクールでは考えている

マーケティングは高尚で、営業は低俗であるという論説もたまに見るので、そういった考え方も世の中にはあるのだろう。

確かに、バブル以前の時代であれば営業は数の理論で乗りきれただろう。すなわち根性論の延長で、ソルジャー的営業活動、あるいは絨毯爆撃的営業活動を行っていれば、とにかく数字が着いて来たというのが事実だったと聞いている。筆者はバブル崩壊直後の就職組であり、古き良き時代は知らないためあくまでも伝聞であるが、想像はそれほど難くはない。

しかし現代の営業事情はバブル前とは大きく異なる。縮小しつつある市場のパイを食い合うわけだから、いわば競争戦略論の最先端として確実に他社に勝てる「営業」を育成しなければならない。まれに、技術の進歩等により新たな成長市場が出てくることもあるだろうが、ほとんどの産業が成熟産業、すなわちレッドオーシャンになっているのは周知の事実だ。

大きく市場を捉えるマーケティングも必要だろうが、局地戦での小さな勝ちを積み上げていくという考え方の方がレッドオーシャンにはふさわしい。市場をまるごとひっくり返すような新しいパラダイムなど早々出てこないのだから。マイケル・ポーターの競争戦略論も結構だが、小さな勝ちを積み上げる局地的営業戦闘論もおおいに企業家としては学ばなければならないはずだ。

当然営業マンの育成だけでなく、社長自ら営業学を学ぶ必要があるのは言うまでもない。企業の社長こそ、一つ一つの営業活動の質を上げるべきである、何故ならば普通の営業マンよりよほど社運をかける大きな金額の商談を、短時間で、効率的に行わなければならないからである。

営業を要素分解してみる

それでは、局地的に喧嘩に強い営業とはどんな要素を鍛えれば作り上げられるのか?そのためには営業という仕事を必要な要素ごとに分解しなければならない。

筆者の考える営業の構成要素は以下のとおりである。

・市場リサーチ力
・ファイナンス知識
・仮説立案力
・プレゼンテーション力
・交渉力
・突破力
・行動力
・演技力
・しつこさ
・胆力

筆者は営業関連の仕事を15年以上やってきたのだが、とにかく意味もなく大量訪問・大量活動を強いられることには辟易としていた。そのため、どうすれば意味もない訪問をせずに他人以上に売上を上げることが出来るか?を常に考えていたのである。そこで行き着いたのが、営業という仕事を要素分解し一つ一つの要素のスキルアップである。

実際の営業学のコンテンツを思案してみる

まず取り組んだのが中小企業診断士一次試験の勉強であった。これは効果てきめんで、ファイナンスや経営用語を習得したことにより、明らかに顧客に訪問する前の準備段階で立てられる仮説のバリエーションが圧倒的に上がった。とは言え、営業の数字を上げるのにファイナンス全てはいらない。インタレスト・カバレッジ・レシオが必要なのは金融営業マンくらいのものだからである。MBA営業学の中では、顧客のニーズに対して仮説を立てることを目的としたリサーチ力、ファイナンス知識、経営学知識を盛り込めば十分である。

筆者は、その知識を元にして「日経テレコン」というサービスを使い倒した。当時いた企業で契約していた為、かなり自由度高く検索をすることができ、企業の情報をコンタクト前に必要十分に仕入れることができたのである。ある意味日経テレコンに仮説力の強化を手伝ってもらったとも言える。今となっては、あの環境に感謝以外の言葉もない。活動量人並みでトップセールスの称号を幾度かは頂くことができたのだから。

その他、交渉力は多くの書籍が出ているし、演技力は演劇や落語を学べば良い。質の良い演劇や落語を見て自らをその立場に置くという脳内シミュレーションをやっておくことで、何もやらないよりよほどましな商談が可能になるはずだ。演技ができるようになってくると必然的にプレゼンテーションもうまくなるのは言うまでもない。人様にビジネス上で自分を見せるということは、すなわち全てが演技に通じるからである。

営業学の講義の中では、様々なビジネスロールプレイングを行えばいい。集団の中で様々な立場の自分を演じ、それを多くの人に観てもらうことで実際の現場で臨機応変な演技が出来るようになる。5億円提案モード、大事故のお詫びモード、M&Aの交渉モード等の様々なミッションをケーススタディとしてやってみるのは実に楽しく再現性の高い価値ある講座になると考えられる。

後天的にどうしても身につけられないのが、胆力としつこさである。こればかりは性格や遺伝によるところがあるので、現段階で持っていない人は早々に諦めて別の能力開発に勤しんだほうが懸命である。その他の鍛え方については、長くなるのでここでは端折ることをお許し願いたい。

ビジネススクールで営業を教えない本当の理由

さて、話題を戻そう。何故ビジネススクールで営業を教えないのか?である。
今まで論じてきたとおり、社会的に確実にニーズがあり、実現可能であるにもかかわらず営業学がビジネススクールで教えられないのは、1つに専門としている教授が極めて少ないことが上げられるだろう。博士課程に行こうにも誰についたら良いのかがわからないのが現実なのである。

そもそも営業ができる人間は、学問として体系だてるよりも、売りに売ってカネを稼げばいいし、大学教授になるような方は、営業なんてやりたくないから学問をやっているのである。筆者のように学問の体系化も営業も好きという人間はレアなのかもしれない。

従って、「ビジネススクールで営業を教えない本当の理由」はトップセールスの経験があって、大学の教授に転身し、営業という存在に向きあおうと考えた人が、ほとんど居ないからというのが確からしいと考える。

しかし、企業研修において営業研修は圧倒的なシェアを誇る分野である。ビジネススクールで営業を体系化された学問として教え、大きく営業力の強化がなされるのであれば、看板講義になることは間違いないと思うのだが。

ちなみに、かの大前研一先生はさすがにわかっていらっしゃる。きちんと「営業学」という書物を出されているのだから。

大前先生の素晴らしいところは、この本では営業出身や営業に造詣の深いコンサルタントに大きく筆を譲っている点である。それでも大前研一の名前で本を出されているという点は、中々に商売上手であると言えよう。いわゆるハロー効果という心理手法をうまく利用されているのである。

最後に宣伝になるが、来年には筆者はある大学で、上記の私が考える営業学の講義を受け持つことになると思う。きちんと学問として営業を捉え、効率的に高度化された営業を行う人間を数多く排出し、企業の「売り上げ」と「粗利」の向上に寄与したい。そして、可能ならば営業学の体系化を行いたいと考えている。どなたか博士課程で営業学を受け持ってくださる教授はいないものか??

「法人営業という仕事をもっと知的に高度化していく」という私のミッションステートメントに向かって尽力する所存である。営業学を講座に取り入れたいビジネススクールは是非お声をかけて頂きたい。