【日々雑感】今年のM-1グランプリの騒動を見てコンサルたる我が身を正そう


2018年12月09日 (日) route-img02

コンサルタントとか、診断士とか、講師とか、プロデューサー等を名乗ると多くの場合、人を評価する側に回る。その位置に立つと程度の差はあれ、他人の行為に対して注文を付ける立場になる。

人は基本、自分以外の人に注文をつけられるのは嫌なものだ。だから経営者はコンサルなんて呼びたくないし、中小企業診断士なんて銀行から言われてやむなしの時以外は出来れば話したくない。僕なんて、上司に評価をつけられるのさえ大嫌いでサラリーマンを辞めたクチだ。

じゃあ、どういう場合だったらそれを素直に受け入れるのか。

自らと同じ領域における、圧倒的な実績か、圧倒的な実力を持っている場合だけだろう。もしそれが示せないなら、単に上から目線のイヤな奴になってしまう。

平成最後のM-1グランプリで起こった騒動。どっちがどうを言及するつもりはない。ただ、人が人を評価する際の難しさを垣間見、他人の行為を評価する事を日常とする自らのビジネスを捉え直すきっかけにしたいと考えた。

私は、中小企業診断士として企業経営に物申したり、コンサルとして事業計画に意見をしたり、講師として後進の育成をしたりしている。基本、「先生と呼ばれるほどのバカでなし」「のんべぇ唎酒師のオグリン」をキャッチフレーズに上から目線にならないように努めているが、状況によっては威厳を出すために、先生ヅラをしないといけない事もある。

そんな時の為に、必ず自らがプレイヤーとしての圧倒的な実績と圧倒的な実力を示せるようにしておかないといけない。そしてもう一つ、自分が圧倒的に戦えるゾーンを絞り込んで、専門と言える分野に特化しているべきと考えている。全てのゾーンのスーパーマンたり得る人間など、大谷翔平選手くらいのものなのだから。

その上で、選定した特定のゾーンにおいて、この人に言われるのなら仕方ないなと思ってもらえるソリューションを、自らの内部から出せる様に、常に思考し研鑽を続けて行かなければならないと考えている。

この部分について、評価される側を納得させられないで、評価する側に回ると、悲劇が起きるのである。

人を評価する側に立つことがいかに難しいのか。どれだけ評価する側として人前に立つことが難しいのか。平成最後の年のM-1グランプリで起こった騒動は、対岸の火事ではなく、いつ我が身に降りかかって来るとも限らない事象である。

我々他人の行為に意見具申する、士業やコンサルタント、あるいは他人をプロデュースする立場に立つ者は、常に心に留めておくべきであると、自らを戒める為の備忘録としてここに記しておく。

私たちの立場も、付与する評価とアドバイスで相手の人生を変えてしまう可能性を持っているのだから。